聽曉鶯  
  山根華陽
黄鳥鳴何処  
暁窓簾戸隔  
起求夢裡声  
月落梅花白  
  黄鳥鳴くは何れの処ぞ
  暁窓簾戸隔つ。
  起きて夢裡の声を求むれば
  月落ち梅花白し。
黄鳥(うぐいす)の鳴いているのはどこだろう。
明け方の窓の簾の向こう。
起き上がり夢うつつに聞いた 声をたずねると、
月は西に沈み梅の花が白く咲いている。

  「ともに学び、ともに語り、ともに花咲こう」の、ともに語りというところが、案外大きな意味があるのではないかと、お話をうかがっていて思ったのですが。
  中村  書道って、案外辛いですよね。

少なくとも仕上げの頃になる全員が辛いのだと思います。その時に、ともに語る場として一つは合宿などでともに喋る時間とか、飲んで喋る時間とか、同じ場に入ればできますね。それと会報の「雲峰」なんですが、これには割合正直に感想を書かせるのです。そうすると「ああ、あの人も辛いんだ、俺も辛くてもしょうがないんだ」ということで、清書の近くになるとこれを読む人が多いのですよ。ともに語る場の一つとして、会報をだしているんです。
  自分がまあまあ満足する程度に書くということは、相当大変なことですよ。目が少しずつ高くなる。練習すれば連度が高まって線はよくなりますが、目の方もよくなってしまうからね。だから辛いと思いますよ。先生の地位が高くなるというのは、ある意味ではいいのですが、片方では遠くへ行ってしまったという悪さもあります。
                       
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